2020年5月16日土曜日

輝くキュウリの糠漬け

暖冬のなかで立春を迎えたばかりのころ、こんなことを書いた。3回目の白菜漬けにも白く産膜酵母が張った。白菜の量が半分以下になったところでタッパーに回収し、冷蔵庫に保管した。白菜の漬け込みはもう終わり。2月後半には例年より1カ月半早く、糠床(ぬかどこ)を復活させよう――。
そのあと腰を痛め、勝手口で冬眠している糠床の甕(かめ)を台所に上げることができなかった。3月が過ぎ、4月もやり過ごして、結局、例年とそう変わらない5月の大型連休に糠漬けを再開した。

 糠床の表面を覆っていた“塩のふとん”をはがし、新しい糠を入れる。甕の底まで塩がしみ込んでいるので、さらに糠を加えながら塩梅(あんばい)をはかる。キャベツその他の葉物を捨て漬けにする。サンショウの木の芽や乾燥トウガラシを入れる。カレーや肉汁の残りを足す――。そうして新しい糠がなじんできたころ、食卓に最初の糠漬けを出した=写真。

 キュウリが輝いて見える。糠袋で廊下を磨くとピカピカになる。それと同じで、糠の油分がキュウリの表面をコーティングしてくれるのだろうと、最初は思った。が、糠床をかきまわす手も油分でコーティングされる。どうやら糠だけではない。カレーや肉汁の油分も作用して輝いて見えるのだ。

カレーや肉汁の残りを糠床に加えるようになったのは、夏目漱石の孫、半藤末利子さんの随想集『夏目家の糠みそ』を読んだのが大きい。

半藤家の糠床をテレビ局が取材にきた。作家の嵐山光三郎さんが糠漬けのカブをぽりぽりやりながら、糠床の歴史を聞く。「100年は続いている訳ですね」「いいえ、もっと。300年以上は続いていると思いますよ」

曾祖母、祖母、母、本人と、江戸時代から途切れることなく続く夏目家伝来の糠床だ。糠床の栄養分としてカレーの残りや煮汁、塩サケの食べ残しなどを加えるので、独特の滋味、風味、こくが生まれる――。

この「滋味、風味、こく」をつくりたくて、食卓の残りもののなかからこれはと思ったものを糠床に加えている。

 糠床の冬眠を覚ましてから半月近く。キュウリは夜に漬けると、翌日の昼には食べられるようになった。室温がさらに上がればもっと早まり、朝漬けると夜には食べられるようになる。ごはんのおかずが主だが、私は特にこの時期、青葉の5月には糠漬けをつまみに晩酌をするのが好きだ。

 毎年糠床の眠りを覚ますときに思い浮かぶのがカブの糠漬け。大根よりはしんなりしてうまい。甘みさえ感じられる。とはいえ、いくら食べてもあきないのはキュウリだ。

きのう(5月15日)も朝、街へ行った帰りに鮮場へ寄ってカブとキュウリを買い、すぐ漬け込んだ。夕方にはキュウリが少ししんなりしてきたので取り出した。ちょっと味は薄かったが、まあ晩酌のおかずにはなった。カブはこれからチェックして、しんなりしているようだとけさの食卓に出す。

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