今年(2021年)は春の花が一気に咲き出した。前にも書いたが、そこに暮らしている人間の目には、「この花の次はあの花、あの花の次はこの花」というように、経験に基づく“順序”がある。今年はそれが崩れている。というか、無秩序だ。
いわきの夏井川流域でいうと、下流の平市街でソメイヨシノが咲き出すと、上流の渓谷ではアカヤシオ(方言名・岩ツツジ)が咲き出す。渓谷へ通い続けてわかった“経験則”だ。今年もこれは変わらなかった。ずいぶん早く開花した。
それはいいのだが――。いわきの平地では4月初めに街のソメイヨシノが咲き、やがて丘陵部のヤマザクラが咲いて木の芽が吹く。しかし、今年はその時間差がほとんどなかった。草が、木が、つまり植物全体が「われもわれも」という感じで目覚めた。いつもなら4月後半、大型連休の前に見られる風景がすでに広がっている。
きのう(4月4日)の日曜日は、朝起きると曇天だった。風もない。季語にある「花曇り」。夏井川渓谷の隠居で土いじりをするにはまずまずの天気だ。
どこでも花が咲いている今は、いつものルートであっても「移動」の楽しみがある。最初はしかし、花ではなく人だった。
わが家から田んぼ道を通り、鎌田山(平)のへりを越えて幕ノ内に入ると、月初めの日曜日に托鉢行脚をする中塩・蘭秀寺のお坊さんがいた=写真上1。おそらく毎月決まって喜捨する檀家の人だろう。2人と話をしているところだった。「止めて、止めて」。網代(あじろ)笠をかぶり、墨染の法衣をまとったお坊さんを見ると、カミサンは車から降りて少しばかりのお金を喜捨する。
時間は午前8時45分過ぎ。もっと早い時間だと、同じ地区でも西側、平窪に近い中塩の田んぼ道を歩いている。決まったルートを巡っているとしたら、そこは寺へ戻る最終コースだ。そんなことが、これまで出会った場所と時間から想像できる。これもまた同じ道を移動することで得られる妙味にはちがいない。
山だって白やピンクの花で彩られている。渓谷の隠居に着くと、対岸の森が鮮やかなパステルカラーに染まっていた。アカヤシオの花が対岸の前山だけでなく、奥山もピンク色に染め上げていた。ヤマザクラも、県道のソメイヨシノも、隠居の庭のシダレザクラも咲いている。ウメだって咲き残っている。
「三春」どころか「五春」、いや「七春」――。そんな言葉を使ってみたくなるほど、渓谷は森も人家の庭も花でいっぱいだ。
隠居の庭で土いじりをした。時折、アカヤシオの花見客がそばの県道を通る。声をかけてくる人もいる。今年はあれもこれもいっぺんに咲き出したことを伝える。
そうこうしているうちに、磐越東線の踏切の警報機が鳴りだした。いわき行きの列車がゆっくり通過する=写真上3。春はアカヤシオの開花時期に合わせて徐行運転をする。2両編成の列車の窓から、マスクをした乗客が一斉にアカヤシオの花を眺めていた。乗客もまた「移動」の楽しみを味わったことだろう。
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