2021年8月25日水曜日

同年代作家の死

        
 つきあいのある書店から毎月、岩波書店のPR誌「図書」が届く=写真。7月号の巻頭言は作家梨木香歩さんの「蛇の末娘」だった。

庭の片隅に突然、マムシグサの仲間のムサシアブミが出現した。「東北地方ではマムシグサのことを蛇の末娘(ばっこ)と呼ぶのだと教えてくれた方があった」という書き出しで、「蛇の末娘」から想起されるあれこれ、「名づけ」と結びついたイメージが産み出す「物語」に言及したあと、こう結ぶ。

「創る者も読む者も、人は人生のそのときどき、大小様々な物語に付き添われ、支えられしながら一生をまっとうする」

 若いときから名前を知っている同年代の作家高橋三千綱さんが亡くなった。死因は肝硬変と食道がんだった。訃報に接して梨木さんの文章の結語をかみしめている。

高橋さんは、この「図書」にがんの闘病記を連載した。それをずっと読んできた。始まりは2017年4月号の「食道がんだな、といわれた日」。それから翌2018年3月号の「自分が持っているものを好きになる」まで、毎月、医師とのやりとり、症状、自分の思いなどを克明に、赤裸々につづった。

大の酒好きで、糖尿病と肝硬変になる。さらにがんが見つかる。「アンモニア、脳に乱入」「ところで、今度は胃がんがみつかりました」……。闘病にも無頼派的な生き方が反映される。満身創痍(そうい)。壮絶。凄惨。そういった言葉を思い浮かべながら読み続けた。これらの連載は『作家がガンになって試みたこと』(岩波書店)という単行本になった。

2020年には「あ、酒を飲んでしまった」(2月号)「ある日、突然食道狭窄(きょうさく)に襲われた」(5月号)など、不定期で「図書」に続編が載った。2021年1月号の「あれは奇跡だったのだろうか」が、「図書」では最後の文章だった。

食道狭窄の話は生々しかった。本人のツイッターにも「食道はミルクも通りません」とあった。食べ物はもちろん、飲み物ものどを通らないほどにふさがってしまう。具体的な描写を通じてその過酷さが強く印象に残った。

私自身、年齢を重ねるごとに、ドクターと病気と患者の「三者会談」が増えた。慢性の不整脈、高血圧、高尿酸を抑えるために、何種類かの薬を飲むようになった。肝臓はなんとか元気だから、糖分・プリン体ゼロの焼酎をなめている。

そう、私は医師との関係では羊のような患者だが、高橋さんはそうではなかった。医師を批判する、当然「返り血」を浴びる。それでも「好きなように生きる」を貫く。死を見つめるというよりはにらみつけるような姿勢。だからこそというべきか、彼の闘病記には鬼気迫るものがあった。

梨木さんの文章に重ね合わせれば、病気と闘いながらも、病気に付き添われ、支えられて「物語」をつむぎだした。彼の闘病記は、読む人におのずと生きる覚悟をうながす。

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