来春の就職を決めた大学生の疑似孫が、試運転を兼ねて、母親を乗せて車でやって来た。祖父の車を譲り受けたという。「タカじいの送り迎えもするよ」。母親のおなかの中にいるころから知っている子が、そこまで成長した。
近況報告を終えると、突然、「庭にセミはいるの?」と聞く。それに呼応するように、ツクツクボウシがささやき、アブラゼミが鳴き出した。
セミは苦手、触ることができない。でも、苦手を克服したい、という。たまたまアブラゼミやミンミンゼミ、タマムシの死骸を飾り皿に安置していた。それではダメだという。「生きているセミに触りたい」
ではと、庭の柿の木に止まって鳴いているアブラゼミを観察する。捕まえるにはちょっと高いところにいる。疑似孫が一歩近づくと、セミがいきなり幹から飛び立った。「キャー」。大声を上げて、はじけるように戻ってきた。生け捕りにして触る作戦はちょっとムリのようだ。
茶の間に戻ると、疑似孫のバッグにハエトリグモがいた。体長は5ミリちょっと。ハエトリグモは屋内にもいて、小さな虫を捕まえる。益虫なので、わが家ではそのままにしている。てのひらにのせると、ぴょんとはねて逃げた。
疑似孫は、ハエトリグモは平気だという。スマホでクモの動きを追い、私のデジカメでパチパチやった。テレビの画面に、逆さに取りついた画像が鮮明だった。拡大してもちゃんとピントがあっている=写真。
八つある目のうち、前方の目に光が入っている。体表の毛も1本、1本はっきりしている。肢もそう。模様もよくわかる。ちょうどいい具合に、テレビの画面が鏡のようになって腹が映っている。2匹が向かい合っているような構図だ。
わずか5ミリちょっとのいきものが、10倍、いやもっと大きくなって見えるのだから、デジカメはおもしろい。
あとで疑似孫が撮った動画がフェイスブックを介して届いた。名前がわからないことには始まらない。この動画とデジカメの画像を手がかかりに、種類を特定することにした。
まず頭部と腹部の模様をスケッチし、動画で口の先に伸びた触肢の動きを確かめる。触肢はボクシンググローブのように先端がふくらんでいる。それをやはり、ボクサーのように交互に動かしている。ボクシングをするクモか、おまえは。
「ハエトリグモ」プラス「模様」「色」などをキーワードに調べること2時間。「ミスジハエトリ」の雄らしいことがわかる。決め手になったのは前頭部のオレンジ色と、そこから腹部まで伸びる「T」字形の白い筋だ。白い筋を黒い筋が囲んでいる。最後に「ミスジハエトリ」そのものの検索を続けて裏を取った。
これは付け足し。デジカメにはいろんなボタンが付いている。私は二つか三つの機能しかわからない。疑似孫はこれらをカシャカシャやってデータを見た。老いては子に、いや孫に学べ――すっかり感心して見ていた。
「ピンぼけを修正する機能は?ないか」。最後に疑似孫がつぶやくと、わきから母親が声をかけた。「タカじいが使えなくなるようにしないでね」。それは大丈夫だった。
0 件のコメント:
コメントを投稿