2022年3月25日金曜日

ホップ畑

                      
 栽培しているホップを初めて見たのは小学校の高学年のときだ。野菜畑と違って、何列も緑のカーテンが立っていた。

中学校のグラウンドが丘の上にある。北側は急斜面で、日曜日や夏休みなどには子どもたちの遊び場になった。谷底には田畑が広がっている。その一角にホップ畑があった――。

ざっと60年前の、阿武隈高地の記憶だ。ほかにも柱がたくさん立っている畑の記憶がある。が、明瞭に覚えているのは谷底のホップ畑だけだ。緑のカーテンに強い印象を受けたのだろう。

 ホップはヨーロッパ原産のつる性植物だ。ビールの苦みの原料になる。北緯35度以北が適地で、日当たりがよくて冷涼なところが栽培に向いている。

国内では、岩手県遠野市が生産地として有名だという。大手ビール会社用に契約栽培が行われている。昔は福島県内でも各地で生産された。岩手県同様、契約栽培が行われていたのだろう。

阿武隈高地はまさにホップ栽培の適地だったわけだが、いつのまにか福島県内では生産が途絶えた。それが、東日本大震災と原発事故のあと、風向きが変わった。

田村市都路町に「グリーンパーク都路」という公営のオートキャンプ場がある。震災後、休眠状態だった施設を一部改修して、地ビールを醸造できるようにした。「ホップジャパン」という新しい企業が手がけている。

同社を取り上げた報道を要約すると、田村市内に契約農家を増やしてホップを生産し、輸入原料に頼らない地ビールを製造・販売する、それによって「経済が循環するまち」をめざす、ということらしい。

同じ阿武隈高地のいわき市川前町でも、新しい動きが出てきた。地域おこし協力隊員が中心になって、地ビールづくりが進められている。

先ごろ、「夏井川流域振興事業 みんなでつくる特産品モデル事業 川前産地ビール醸造モデル事業」による特産品開発が行われ、試作品の「いわき乾杯! KAWAMALE(カワマエール)」=写真=が完成した。

原料のホップと大麦は川前地区の休耕地を利用して栽培した。昔は阿武隈のほかの地区同様、川前でもホップの契約栽培が行われていたという。

やがては協力隊員がみずから川前で起業し、地ビールを本格的に生産する構想を練っている。

ホップ生産、そして地ビール醸造。これは、半分新しくて半分懐かしい試みだ。失われた風景が復活する、まれなケースといってもいい。

阿武隈の山里で生まれ育った私は、阿武隈の風土に適したモノで、新しい産業が生まれる様子を想像して、弾んだ気持ちになる。

記憶の底に沈んでいたホップ畑の映像が、時代の課題と結びついて輝きだすようにさえ感じられる。ホップ畑――なんとも感慨深い響きだ。

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