隠居のある夏井川渓谷の小集落、牛小川のKさんから7月10日の日曜日午後、電話がかかってきた。
私は日曜日、隠居へ出かけ、庭の菜園で土いじりをする。地元の隣組にも入っている。隣組はわが隠居を含めて9軒。隣組がそのまま区内会を兼ねる。
日曜日だけの半住民でも、何時ごろ来て何時ごろ帰ったかは、近所の住民はおおむね知っているようだ。
で、帰宅時間をみはからって電話をよこしたのだろう。思いもよらないことを伝えていた。「保養センターから籠場の滝あたりまで、ササが枯れている。気づかなかったか」
「保養センター」とは江田の先、椚平にあった「背戸峨廊(せどがろ)保養センター」のことだ。籠場の滝は渓谷随一の絶景ポイント。一帯は春、対岸がアカヤシオ(岩ツツジ)の花で彩られる。秋の紅葉期にも行楽客でごった返す。
そのエリアの県道小野四倉線沿い、林床に生えているササが枯れて、「気持ちが悪いくらいだ」という。
Kさんは、拙ブログを転載したいわき民報の「夕刊発磐城蘭土紀行」を読んでいる。「ササ枯れが起きるのは120年に一度だっていうよ」。地元の住民も驚く自然現象だ、ニュースになる、つまりブログのネタになる、と判断したのだろう。
後日また、Kさんから電話があった。渓谷の北側、山を越えた「戸渡(とわだ)でもササ枯れが起きている」という。
次の日曜日(7月17日)は、ヤマユリの開花とササ枯れを確認するのが隠居行きの目的になった。ヤマユリについてはきのう(7月19日)書いた。
ササ枯れは、保養センターのわき、夏井川の堤に通じている林内の道がひどかった。丈の高さ2メートルほどのササが枯れて黄土色になっている=写真。県道沿いのササも黄色くなっていた。
『福島県植物誌』(1987年)によると、浜通りではミヤコザサやスズダケが普通にある。しかし、生態も形態もわからない。ネットで「ササ枯れ」を調べ、図書館から『タケ・ササ図鑑』を借りてにわか勉強をした。
ササは地下茎でつながっている。一斉枯死の前に花が咲く。枯れて初めて、何十年あるいは100年ぶりの開花に気づく、というケースが多いようだ。
ミヤコザサは丈が1メートル以下、スズダケは2メートル前後ある。枯れたのはスズダケらしい。
ネットには、森林生態学の先生が何年か前、古文書などから120年ぶりにスズダケの一斉開花・枯死を確認したという話が載っている。Kさんの話と一致する。
ならば120年前、つまり明治35(1902)年の夏井川渓谷はどんな状況だったのだろう。県道は開通していたが、磐越東線はまだだ。同じ上小川村で草野心平が産声を上げるのは、その1年後。古文書になにか記述はないものか……。
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