2022年9月10日土曜日

リゴーニの「動物記」

                                
   9月3日付で北イタリアの山里の話を書いた。そのなかで、現代イタリアを代表する作家リゴーニ・ステルン(1921~2008年)の作品を取り上げた。

図書館から志村啓子訳の『野生の樹木園』(みすず書房、2007年)と『雷鳥の森』(同、2005年)、そして第一作の大久保昭男訳『雪の中の軍曹』(草思社、1994年)を借りて読んだことを紹介した。

総合図書館にはほかに1冊、児童図書のコーナーにリゴーニの本が収められている。志村啓子訳『リゴーニ・ステルンの動物記 北イタリアの森から』(福音館書店、2006年)=写真。これも最近、借りて読んだ。

リゴーニは東部アルプスのふもと、標高1000メートルのアジアーゴで、「菜園を耕し、ミツバチを育て、森に分け入る暮らしを続け」ながら、小説やエッセーを書き続けた(同書の「訳者からあなたへ」)。

『動物記』もまた、『雷鳥の森』や『雪の中の軍曹』と同様、「戦争の記憶と自然との共生」をテーマにしている。

その象徴が「戦場のノロジカ」だろう。ノロジカはディズニー映画「バンビ」のモデルになったヨーロッパのシカだ。

舞台は、第二次世界大戦末期の北イタリア山岳地方。連合国に降伏したイタリアに、それまで友軍だったドイツ軍が侵攻し、地元のパルチザンが応戦した。

パルチザンの分隊長に、森や山に精通しているリーノという青年がいる。その分隊(4人)に右の前足を銃で撃たれたノロジカがまぎれこむ。リーノは首に巻いていた赤いハンカチをほどき、血まみれの傷口をしばってやる。

4人と1匹はそれから行動を共にする。ノロジカには「チアーロ」という名前が付けられた。チアーロはさまざまな場面で役に立った。人よりは感覚が鋭いため、いち早く危険を察知できた。4人にとっては願ってもない見張り役だった。

食料が乏しくなると、パルチザンを統括する隊長が、いざとなったらチアーロを食べるしかないだろう、と告げる。リーノはそうさせまいと、必死になってノウサギなどの罠を仕掛けた。

そうこうするうちに解放のときがくる。リーノは仲間とは別に、ひとりチアーロと山を下り、家に帰る。リーノとチアーロはいつも一緒だった。やがて、森の奥でノロジカたちが呼び合う声を聞いたリーノは、チアーロを山に帰す。

そして、「猟師や密猟者たちにはふれてまわった。右の前足のないノロは絶対に撃つなよ、と」。

ほかには、猟犬、あるいはキバシオオライチョウ、ヨーロッパカヤクグリといった野鳥、ヤマネやリス、イタチなどの物語を収める。

キノコも登場する。やはり、「戦場のノロジカ」の、こんな場面。リーノは森に生えていたアンズタケを集め、チアーロに差し出す。チアーロはアンズタケの匂いをかぐと、ゆっくりかみ始める。

リーノは知っていた。「こいつらはシメジだろうと、アンズタケだろうと、むしゃむしゃ食うとも。ボルチーニだって」。森の生き物に精通していた青年のやさしさがよく伝わってくるシーンだ。

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