1年を締めくくる12月もあとわずか。元日に食べる雑煮用の餅は切った。それ以外は……まだだが、これも一種の正月の準備だ。師走後半に夏井川渓谷の隠居へ行くと、決まってフキノトウを探す。
下の庭に“フキ畑”がある。隠居と上下二段の庭をつくる前は畑だった。その土手にフキが自生していたのだろう。
今はフラットな庭になり、畑だったところは放っておくとヨシが生える。これを、今は年に2~3回、後輩が刈り払ってくれる。
おかげでフキ畑は、密生し、侵略を続けるヨシに飲み込まれることなく、今も地下に根っこを張っている。
ヨシがきれいに刈り張られているので、師走のフキノトウ探しは前より楽になった。12月25日の日曜日も、上の庭の畑で生ごみを埋め、三春ネギを数本掘り取ったあと、いつものように敷地の境界に積み重ねてある剪定枝にキノコが出ているかどうかをチェックし、ついでに小さなフキの葉が生えている下の庭を見て回った。
必ず師走のうちにフキノトウが出るとは限らない。出ていても、大小がある。小さすぎて見落とす年もある。
その意味では、今年(2022年)はまだ親指ほどの大きさだが、あちこちから頭を出しかかっている。まずは2個を摘んだ=写真上1。
元日の朝、カミサンが雑煮をつくる。師走のうちにフキノトウが採れると、これをみじんにして雑煮に散らす。
そのつもりで摘んだのだが、すぐ翌朝の味噌汁に入ってきた。「年内にもう1回、隠居へ行くから」という。そうだった、正月飾りがまだだった。
おおみそかの一夜飾りはよくないというから、きょうにでも隠居へ行って正月飾りを玄関に掛け、床の間に鏡餅を供える。そのときにまたフキノトウを摘む。
一夜飾りがよくないワケは、「歳神(としがみ)様」は大みそかの早朝にはその家に来ているからだそうだ。
前年の歳神様と元日の午前零時に引き継ぎをする。玄関の正月飾りが、そのための目印になる。大みそか当日の飾りだと、せっかちな歳神様が来たときにはまだ目印がない。家を素通りしてしまう。だから、遅くともみそかまでには飾っておくのだ――と、これはだれの話だったか。
25日はフキノトウを摘んだあと、小川から好間に抜け、バイパスを利用して鹿島街道沿いの家具店へ出かけた。
赤井から好間中核工業団地へ向かうと、田んぼに人だかりができていた。正月飾りを焚いて送る鳥小屋をつくっているところだった=写真上2。
鳥小屋はいわき地方の正月行事の一つだ。世の中もすっかり正月に向かって動き出している。
正月には新しい白菜漬けを食べたい――そんな思いで日曜日に三和産の白菜を漬けこんだ。一昼夜たって水が上がってきたので、重しを1個減らした。少なくとも漬物に関しては正月の準備ができた。
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