3月中旬に夏井川渓谷の小集落で年度末の寄り合いがあった。隣組=区内会の総会のあと、昼食をとりながら雑談をした。
そのなかで、杉の木を切ったら「花見山」にしようというアイデアが披露された。「どこを花見山にするの?」「そこの杉林」
山を背負った寄り合いの会場(個人の家の物置を改装した『談話室』)へ行くとき、小さな棚田のそばを通る。その奥、山からの稜線が尽きるあたりに杉が植わってある。
そこで伐採作業が始まり、4月の初旬には杉の木が消えた=写真。稜線の陰には夏井川の支流・中川をはさんで田畑と家がある。杉林はいわば、夏井川を望む家々と、中川を望む家々を分ける「衝立」のような役割を果たしている。
これがいったん更地になった。そこを、今度はヤマザクラなどを植えて花見山にしよう、というわけだ。
私が渓谷の隠居へ通い始めて二十数年。かけがえのない自然景観と環境に対する土地所有者の考え・行動がなにか新しいステージに入ったように感じることがある。
最初は展望台づくりだった。震災前、隠居の隣にある古い家を所有者のS・Tさんが解体し、谷側の杉林を伐採して「夏井川渓谷錦展望台」と名付けた。
夏井川渓谷で紅葉ウオーキングフェスタが行われたとき、この展望台が集散会場になった。主催は同フェスタ実行員会、事務局は小川町商工会。地元・牛小川の住人が「森の案内人」として加わった。私も誘われて初回から案内人を務めた。
S・Tさんは令和2(2020)年師走に亡くなった。今は地元に住む親戚のA・Kさんが展望台の管理をしている。
展望台ができて程なく、県道小野四倉線とJR磐越東線の間に植えられた杉の苗木を、所有者のS・Kさんが整理した。その結果、列車の乗客も将来にわたって杉に邪魔されることなく景観を楽しめるようになった。
そのS・Kさんが家の裏山で「シャクナゲ増殖10年計画」を始めた。裏山に案内されて、増殖計画を聞いたのは3年前の夏だった。
裏山は杉林だが、その一部を間伐してシャクナゲの苗木を植え始めた。薄暗い杉の林内をシャクナゲの花で明るくする。そんな決意をあっさり口にする。
渓谷で暮らすということは、日々、自然にはたらきかけ、自然の恵みを受ける、ということでもある。
その一方で、自然をどうなだめ,畏(おそ)れ、敬いながら、折り合いをつけるか。その折り合いのつけ方が、今回はシャクナゲ増殖計画となってあらわれた。
翌年の4月、S・Kさんのあとについて裏山へ行き、シャクナゲの花が咲いているのを確かめた。林床は前より明るくなっていた。
そして今度は、杉林から花見山への転換だという。自然に根ざした小集落の魅力づくりが少しずつ進められる。それを街から通いながら確かめる。こうして定点観測を続けていると、景観を通して住民の心意が見えてくる。
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