小川町には夏井川渓谷がある。同川右岸域の山上に市立草野心平記念文学館がある。平地に義弟が世話になっているデイケア施設がある。渓谷の隠居で土いじりをしたあと、「家族会」に参加するカミサンを施設へ送り届けた。集まりは1時間で終わるという。その間、文学館で企画展を見ることにした。
企画展のタイトルは「草野心平 蛙の詩」(6月30日まで)=写真。「カエルだけを書いているわけではない」。本人は「カエルの詩人」と呼ばれることを好まなかったが、カエル抜きに心平は語れない。11年前の2008年、同館で「草野心平のカエル展」が開かれている。それが、同館が「カエルと心平」を取り上げた最初。
私は、「ヤマカガシの腹のなかから仲間に告げるゲリゲの言葉」の詩の1行、「死んだら死んだで生きてゆくのだ」に引かれる。今度もパネルで展示されていた。
同じパネルの「るるる葬送」を読んでいたとき、耳のなかで音楽が鳴り響いた。いわきの市民バンド「十中八九」の最初のCDに、「蛙のうた~るるる葬送~」が入っている。車中で繰り返し聴いてきた、そのメロディーだった。曲は「誕生祭」の擬声語(「ぎゃろわ」「びいだらら」「びがんく」など)と、「るるる葬送」を合成したものだ。
原詩には、タイトルに「ショパン葬送行進曲と一緒に」といった意味の英語が添えられている。十中八九のそれは、「ファンクと昭和歌謡」がベースで、ショパン葬送行進曲の添え書きを知っていたら、曲はつくらなかった――と十中八九のフェイスブックにあった。十中八九の「明るい悲しさ」がしみ込んでしまった今は、ショパンの「重苦しい悲しさ」にはなかなか入っていけない。
企画展のパネルの詩を読み終えたら、いい時間になった。山を下りて、デイケア施設でカミサンをピックアップする。カミサンの希望で、「カエルかえるカフェ
小川町店」で昼ご飯を食べた。同店は夏井川左岸域、二ツ箭山麓を縫う国道399号沿いの小団地の一角にある。
震災後、カミサンと経営者の女性が知り合った。心平の地元・小川在住で、カエルが好きだという。カフェを開きたいというので、カミサンと場所や建物について情報交換もしていたようだ。
4月にオープンすると、上の孫を連れて出かけた。店内にはカエルのグッズ、カエルの本、もちろん心平の詩集もあった。
カフェの裏手は山の田んぼだ。夜になると、カエルの大合唱が聞こえるという。平のわが家の近くにも、震災前までは田んぼがあった。夜になると、カエルの大合唱が聞こえてきた。田んぼがアパートと戸建て住宅に替わった今は、すっかり人間だけの夜になった。
先日の夜、南と西に田んぼが広がる公民館で会議があり、終わって外へ出ると、カエルの大合唱に包まれた。久しぶりに自然のいのちの営みに触れた。それが、心平のカエルの詩の原点――そんなことも思いだした、蛙・かえる・カエルの2時間だった。
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