2020年12月18日金曜日

開高健にひたる

                     
 茶の間で“在宅ワーク”をしているので、テレビは見る方かもしれない。といっても、朝は6時から9時まで、あとは昼のニュースと晩酌の時間帯。午後は、用がなければBS日テレでトルコのドラマを見る(カミサンが見るので、つい見るようになった)。

 朝9時からのBSプレミアムは「Pカフェ」で、要望の多かった過去の番組が放送される。12月10日は「作家開高健の世界 巨大オヒョウを食らう」だった。開高健では見ないわけにいかない。チラ見をしながら調べものを続けた。

 オヒョウは巨大カレイ。ベーリング海はセント・ジョージ島での作家の釣りに、料理人が同行した。それから30年。料理人が再び島を訪れ、作家の足跡をたどる2011年の番組だった。

 料理人が作家の言葉をテープに録音していた。「寝るのも体力がいる」。作家の言葉を紹介するなかで、このフレーズには思わず苦笑した。ひと昔前に知り合いが言っていた。「年を取ると熟睡する体力もない」。出どころは開高健だったか。

 新聞コラムの延長で毎日ブログを書いている。石川啄木ではないが、言葉が揮発している、あるいは月並みに染まっていると感じたときには、井上靖の散文詩を読んできた。

震災前の拙文。「日常の些事に目を留め、心を寄せて、文字に凝縮する。それは一日の終わりの夕暮れだったり、孫のしぐさだったり、ある人の死だったりする。揮発する日常は記録されることであとから来る者の栄養になる。砂漠からやって来た旅人が最初に飲む水のように、言葉が汚れたと思ったら井上靖の散文詩を読もう」

震災後は、これに開高健が加わった。独特の比喩で現実にメスを入れる。たとえば、この言葉。「野原を断崖のように歩く」

東日本大震災を経験して、当たり前の日常=野原は、実は当たり前ではなかった=断崖だった。断崖を野原のように勘違いして歩いていた。断崖が日常の本質なのだ、いつ転げ落ちるかわからない――ということを胸に刻んだ。津波の被害に遭った人たち、原発事故から避難を余儀なくされた人たちは、10年がたとうとしている今も断崖に立っている、のではないか。

手あかにまみれた言葉を洗濯したり、視点を焼き直したりするときに、開高健の箴言(しんげん)は効く。血管の細部にまで酸素がゆきわたる。「”筆舌に尽せない”とか、/”いうにいわれぬ”とか、/”言語に絶する”などと/投げてはならぬという/至上律に束縛されているのである。」。テレビに写し出された箴言=写真=も、物書きの覚悟を示す。ついでながら、日曜日の「笑点」もまた、凝り固まった言葉をほぐしてくれる。

開高健に同行した料理人はこんな言葉も紹介していた。「心に通ずる道は胃を通る」。いかにも食通の作家らしい言葉の組み立てだ。

いいころあいだ。再放送に刺激されて、図書館から開高健の本を借りてきた。半月はそばに置いて、ときどきパラパラやろう。

きのう(12月17日)もPカフェは開高健だった。「作家開高健の世界 最後の冒険 カナダで吠(ほ)える」(2011年)。これはしかし、義弟の病院送迎があって、初めの部分しか見られなかった。世界各地でブラックバスを釣るのが目的だった。一発目がカナダのバンクーバー島。バス釣りが一般化する前のことらしく、「バスに乗り遅れるな」とシャレをとばすあたりはさすがだった。

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