「ここに吉野せいが出てくる」。カミサンが移動図書館から借りた本のページにしおりをはさんで持ってきた。椎根和(しいね・やまと)の『希林のコトダマ』(芸術新聞社、2020年)=写真上=で、サブタイトルに「希林級決定版“心機“の雑記帳も」「樹木希林のコトバと心をみがいた98冊の保存本」とあった。巻頭グラビアにある本棚の写真にも、彌生書房の『洟をたらした神』が確かに収まっている。
樹木希林と吉野せい――。この取り合わせは最初、意外に思ったのだが……。考えてみると共通するものがある。
『洟をたらした神』に収められている「水石山」のなかの一節。「家族のためには役立たぬ彼。もう今は、これからさきもこの家を支えるものは自分の力だけを頼るしかないという自負心、その驕慢の思い上がりが、蛇の口からちらちら吐き出す毒気を含んだ赤い舌のように、私の心をじわじわと冷たく頑なにしこらせてしまった」
彼とは、自分の文学や他人のためにはいろいろ尽くしても、生活能力には欠ける夫・吉野義也(詩人・三野混沌)のことだ。かたや希林の夫はロックミュージシャンの内田裕也。結婚して間もなく別居し、娘が生まれる……。
若いときは「平凡パンチ」の編集者・記者、のちに作家に転じる著者は、希林と交流があった。「あとがき」によると、娘の也哉子さんの許可を得て、希林の「言霊(ことだま)」に触れるべく彼女の蔵書を全部読んだ。
『洟をたらした神』について、希林は「自分とはまったくちがう生き方をしてきた吉野せいの16編の物語に、神の啓示のような感動を受けとったのだろう」と著者は推測する。
最初に傍線が引かれていたのは、作品「春」の終わりの6行。行方不明になっていた「にわとり」が11羽のひなを引き連れて戻って来る。「也哉子の受胎がわかった時期かもしれない。この描写から、希林は、ひっそりと也哉子を産む勇気を得た、と考えてもいい。希林は雑記帳に、この文を書きうつした」
幼い男の子ノボルが自分でヨーヨーをつくる「洟をたらした神」にも傍線が引かれていた。「希林も、生れ出た娘、也哉子に、いっさい市販のおもちゃを買い与えなかった。だから、あれほど見事な個性を持つ娘に育った」
せいは晩年、請われると色紙に書いた。「怒(ど)を放し恕(じょ)を握ろう」。「恕」とは相手を思いやって許すこと、と辞書にある。夫との確執から生まれた「怒」も、自分のかたくなな心も、最後は青空のような「恕」に昇華した。『希林のコトダマ』を介して、樹木希林もまた「怒」を放して「恕」を握ったのだと了解する。
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