2021年3月19日金曜日

屋上看板が真っ白に

                     
 きのう(3月18日)は、けっこうな暖かさだった。朝、定期診療のために義弟と付き添いのカミサンを内郷の病院へ送り届け、昼前、2人を迎えに行った。午後はまた薬をもらいに内郷へ出かけた。平と内郷の間を3往復した。

 午後2時過ぎ、国道399号(旧国道6号)沿いの電光表示板は、気温20度を示していた。車の窓を閉めきっていると、すぐ暑くなる。厚手のシャツが体熱の放散を抑える。それだけでも汗ばむので、運転席の窓を半開きにして車内の熱を逃がした。

 義弟の受診後、必ずヨークベニマル内郷店へ寄って、昼の弁当その他を買う。今回は店内改装のために臨時休業中だった。午後、薬をもらいに行った帰り、食材その他の買い物のために最寄りのマルト平尼子店へ行くと、ここも店舗建て替えで1月中旬から休業中だった。4月下旬には新装開店をする予定だとか。

 こうなったら、マルトの城東店へ行くしかない。いわき駅前を通り、JR常磐線の大工町踏切近くで信号待ちをしたとき、2月28日に閉店したイトーヨーカドー平店の屋上看板が目に入った。白地に赤色の「7」と緑色のi」を組み合わせたマークが消えて、真っ白になっていた=写真。

 2月末の閉店後、建物の前の道路を何回か通っている(わが家からいわき駅前の総合図書館へ行くのに必ず利用する)。当然、店は閉まったままだ。そのときは「確かに閉店している」としか思わなかったが、真っ白な屋上看板を見たとたん、二つのことが思い浮かんだ

一つは、昭和46(1971)年4月28日の開店から閉店までの50年の歴史。もう一つは、街なかに住んで車を持たないお年寄りはマルト平尼子店が休業中の今、どこへ買い物に行くのか、ということ。ラトブの1階か。あるいはタクシーで線路をまたぐ?新川を渡る?

50年前の4月、いわき民報社に入った。その月の終わりに始まる大型連休の前にヨーカドー平店が開店した。平店のスタートはそれでよく覚えている。

 それから40年後、東日本大震災と原発事故が起きる。シャプラニール=市民による海外協力の会がいわきで交流スペース「ぶらっと」を開設し、被災者や原発避難者、一般市民の支援活動を続けた。

 最初はいわき駅前再開発ビル「ラトブ」2階(2011年10月1日~2012年3月末)で、次にヨーカドー平店2階(2012年4月1日~2014年3月末)で、最後はスカイストア(2014年4月6日~2016年3月12日)で。5年間、被災者・避難者・市民の交流の場として機能した。

 シャプラの会員(カミサン)とマンスリーサポーター(私)なので、「ぶらっと」にはしょっちゅう顔を出した。特にヨーカドー平店ではすぐ、1階で買い物をすませられる。「ぶらっと」利用者はほとんどがそうして買い物をして帰ったのではないだろうか。

 ヨーカドー平店は半世紀の営業に幕を閉じて、いわきの歴史の1ページになった。私的には「『ぶらっと』とヨーカドー平店」という「一節」が深く胸に刻まれた。

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