2021年3月21日日曜日

ダンシャリと終活と地震

 シャプラニール=市民による海外協力の会は、活動資金の一部を賄うために「ステナイ生活」を展開している。一例として、家庭や職場に眠っている使用済み切手や書き損じはがきなどを送ると、換金されたおカネがそのまま寄付金となって活動資金に充てられる。

 カミサンがシャプラニールのいわき連絡会を引き受けているので、あちこちから使用済み切手が届く。先日、知り合いの家に行くと、お母さんが終活を始めたという。それで手紙の切手を切り取り、小箱に入れたものをカミサンに託した。

 それと前後して、カミサンに幼友達から小学校時代の写真が送られてきた。学芸会の劇らしい。子どもたちの表情からすると、小3ないし4年生だろうか(追記:あとから同じ劇の別の写真が出てきた。写真の裏書きに「昭和26年冬の学げい会」とあった。小学2年生のときの劇とわかった

舞台の後方に木が立っている。その前に木の葉を盾のようにして座っている子が9人。そこにカミサンと幼友達がいる。9人は手製の葉っぱのようなものをかぶっている。さらにその手前、男の子が泣いている子の手を取って助けようとしている。2人のかぶりものは白い鳥のようだ。アヒル?(そのころ、つまり65年ほど前のいわき地方には、ハクチョウは渡って来なかった)

 手紙には、2月13日深夜の大きな地震に触れたあと、写真のダンシャリを延々とやっている、カミサンがかわいく写っていたので捨てるにしのびず送った、とあった。

終活で出た使用済み切手とダンシャリの写真がそろう=写真上1=のは、偶然ではない。年齢的なものはもちろんある。それ以上に、10年前の東日本大震災と原発事故が影響しているのではないか。私らも10年前、かなりの量の本をダンシャリした。ダンシャリの意識はその後も途切れることなくある。近年はこれに終活が加わった。

 カミサンが写真の解説をしてくれた。残念ながら、何年生のときの、なんという劇かは覚えていないという。「その他大勢」組だったからか。

幼友達はカミサンの後ろにいる。アヒルのようなかぶりものをした男の子は、後年、出版社に入って編集者になる。今は私も一緒に会ったり、連絡を取ったりしている。

ただ、写真は劇が終わってからポーズをとって撮ったものらしい。「劇をやっている最中には撮れないから」。道理で、「葉っぱ」の9人がそろってカメラ目線になっているわけだ。

春分の日のきのう(3月20日)、晩酌をしながら以上のような話を聴いていると、急にスマホが鳴りだした。緊急地震速報だった=写真上2。揺れがくると同時に石油ストーブの火を消し、茶の間の戸を開けた。2月13日深夜並みの長く大きな揺れだった。揺れが鎮まったあと、階段の本を見ると1冊も落下していなかった。いわきでは震度4だった。しかし、体感では5強にはいかないが、4よりは大きかった。

 こんな状況だから、東北の太平洋側では特にダンシャリ・終活が進んでいるのではないか。2月13日の場合は、わが家から少し離れたところで「り災証明書」を必要とする家が出ている。壁に亀裂が入った写真を見せられた。きのうの地震でさらに傷が広がった、ということになっていなければいいのだが。 

0 件のコメント: