2021年3月31日水曜日

朝、Jヴィレッジへ

        
 2人の孫がサッカークラブに入っている。Jヴィレッジ(広野・楢葉町)で上の子の練習試合があるというので、きのう(3月30日)、親に代わって送り届けた。国道6号は朝、特に込む。そんな懸念があったが、わりとスムーズに到着した。

 Jヴィレッジのドーム(全天候型練習場)=写真=に午前8時45分集合ということだった。事故を起こした1F(大熊・双葉町)の廃炉作業に向かう車のラッシュは終わったあとだろう。が、車列はまだ続いているかもしれない。わが家からJヴィレッジまではざっと25キロ。40分はかかるとみて、8時前には息子の家へ行って孫をピックアップした。

 国道6号へ出ると先行するいわきの「報徳バス」が2台、山麓線(主要地方道いわき浪江線)へ左折した。そのまま北上し、あるいは四倉ICから常磐道を利用して大熊町へ行くのだろうか。さらに進むと同じ色のバスが国道を南下してくる。そうして廃炉作業員を送迎しているのかもしれない。

たまたま先頭をタンクローリーが走っていた。ほぼ交通標識通りの速度だ。安全も安全、超安全運転で北上する。

 3月25日、東京オリンピック聖火リレーのグランドスタートがJヴィレッジで行われた。それもあって、この10年の国道6号、特にいわき―Jヴィレッジ―1Fのルートに思いがめぐった。

Jヴィレッジはしばらくの間、防護服に身を固めた作業員が1Fへ出発し、戻って来る前線基地だった。そのころ、旧知のメディア関係者に誘われてセンター棟を見学したことがある。スタンドのあるサッカー場にはプレハブの宿泊施設が立っていた。3年前には前線基地としての役目を終え、主要施設が営業を再開した、全天候型練習場は新生Jヴィレッジの目玉施設として建設された、とネットにある。

 東日本大震災・原発事故の直後、といっても少し落ち着いてからだが、早朝6時の散歩を再開した。夏井川の堤防へ出るには国道6号を渡らないといけない。信号待ちをしていると、原発事故の収束、大地震・大津波による災害支援、行方不明者捜索などのために、自衛隊の車両がひんぱんに行き来した。1Fへ向かう大型バスも、何台も通った。

 それからしばらくたつと、自衛隊の車両が消え、大型バスも数を減らした。バスが減ったのにはわけがある。飲み屋街の平・田町に店を出している知人が「やっと田町は平穏になってきた」といっていた。市街地にあった作業員の宿舎が1Fに近い北へ移動したのだった。

 さらに2年余りたったころ、竜田一人作の漫画『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』を読んだ。いわきの国道6号を北上し、波立海岸で作業員が朝日を迎え、感動するシーンに感動した。

 この間、通行止めになっていた常磐道の広野IC―常磐富岡ICが3年ぶりに再開し、平成27(2015)年には全線が開通した。その後、大熊IC、常磐双葉ICが供用を開始する。国道6号の久之浜バイパスも同29年には開通した。

 そうしたもろもろのことを思い出しながら、無事、Jヴィレッジのドーム前に着き、孫の仲間が到着するのを待って帰路に就いた。帰りはスイスイだった。

 にしても、曇りなのに朝からかすんでいる。花粉に黄砂が飛んでいた? 午後はさらに歩くだけで汗をかいた。まだ3月末だというのに、この日は初夏を思わせる一日になった。

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