2021年5月18日火曜日

松川浦の海苔

                      
 子どものころ食べて、口の奥の味蕾に刷り込まれたものがある。苦いものではフキノトウ。やわらかくて甘みがあるものでは、三春ネギとジャガイモの味噌汁、ゆでたホウレンソウの赤根。そして、厚みがあって香りの高い海苔。

 フキノトウは大人になって、人生の苦みを知ると“味”がわかってきた。新聞記者2年目。草野美術ホールの取材を始めたある日、オーナーが事務所のストーブでフキノトウを焼いてくれた。たぶん同年代の画家阿部幸洋(スペイン在住)とアルコールをあおりながら、それを食べた。フキノトウの苦みを「うまい」と感じた最初の日だった。

以来、春になるとフキノトウを採って、みじんにして味噌汁にちらす。ふき味噌にする。てんぷらを酒のつまみにする。

三春ネギは、隠居のある夏井川渓谷の小集落で栽培されている。ある家で朝食をごちそうになったとき、ネギとジャガイモの味噌汁に味蕾が反応した。阿武隈高地の実家で、子どものころ口にした味だった。太くてまっすぐ、そのうえ硬くて甘みのないネギに嫌気がさしていた。種をもらい、苗をもらって、隠居で栽培を始めた。冬には、ネギが「自産自消」に切り替わる。

 売られているセイヨウホウレンソウは、ほとんど赤根がない。たまに赤根が太いホウレンソウが手に入る。ゆでると、葉より先に赤根を食べる。舌が満足する。

 海苔はどうか。「乾(ほ)し海苔」と「焼き海苔」がある。子どものころはどちらを食べていたのだろう。香りが高くて歯ごたえがあった。食べるときは火にあぶって湿気をとばした。おにぎりを包んだり、刻んでご飯のおかずにしたりした。覚えている名前は「浅草海苔」。

 結婚して、普通に食べるようになった海苔は、しかし味も厚さも薄いものだった。どうもなじめない。

 いわき市と同じ浜通りの北、相馬市・松川浦産の海苔を知人からちょうだいした=写真。食べると、厚みと弾力がある。やっと味蕾が喜んだ。

包装容器に、厳選された乾し海苔を、天然の風味を損なわぬように加工した焼き海苔、とあった。朝夕の食膳、おにぎり、のり巻き、酒のつまみにどうぞ、という。朝ご飯のときに歯ごたえを楽しんだ。今度は酒のつまみにしてみよう。

ストリートビューで松川浦沿岸の集落を“ドライブ”した。手元にある海苔の店は、と見れば、普通の民家に看板がかかっているだけだった。看板には店名のほかに「焼海苔・寿司海苔・卸・小売」と書いてあった。そんな小規模な海苔店が多いのだろうか。

ただ、乾し海苔ということで「自産自消」のイメージが強い天日干しを連想していたが、今は機械化されているらしい。どこかに熱風で海苔を乾燥させ、さらに焼き上げる工場があるのだろう。

ネギでも、ホウレンソウでも、海苔でもたぶん、同じ。ローカルな流通のなかで生産・消費されるのが地球にはやさしい。

このごろは「道の駅」へ行くと、大量流通にのらないローカルな商品を探す。「よつくら港」だったか「ひらた」だったかに、松川浦産の焼き海苔が並んでいた。迷わずに買った覚えがある。

去年(2020年)秋、復興市民市場「浜の駅松川浦」がオープンした。そこでも売っているにちがいない。コロナ禍が収まったら、北へのマイクロツーリズムを楽しむか。

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