寒くなったので、朝、庭に出て歯を磨くのをやめた。歯磨きは修行でもなんでもない。単なる生活習慣だ。寒くても外で、というのは、かえって体に悪い。
今は歯を磨きながらテレビを見る、ガラス戸越しに庭を眺める。歯磨きは、この「ながら」ができるのがいい。
春から初夏にかけては、歯を磨きながら庭の地面に目をこらし、ヤブガラシの芽を摘んだ。同じころ、ヤマノイモも芽を出す。こちらは秋に「むかご」(肥大したわき芽)をつけるので、そのままにした。
ヤブガラシも、ヤマノイモもつる性植物だ。どちらも庭木や生け垣にからみついて伸びる。
発芽時期を過ぎて芽を出したヤブガラシがつるを伸ばし、気が付いたら生け垣のてっぺんで花を咲かせていた。しかたない、根絶やしにはできない。見つけたら除去する、そうして来春の発芽を少なくするしかない。
一方のヤマノイモは順調につるを伸ばし、9月末にはむかごがいっぱい生(な)った。大きいものは2センチ、小さいものは5ミリほどだ。
小さいものはもっと肥大してから――と思っても、たいていは忘れてしまう。とりあえず小さな籠をむかごの直下に置いて、つるをゆらす。籠だけでなく地面にまでパラパラ落ちる。小さな籠では受け止めきれない。やはりこうもり傘が必要だ。
もうずいぶん前になる。渓流沿いに立ち枯れの大木があって、ヌメリスギタケモドキが大発生していた。車までこうもり傘を取りに戻り、傘を開いて逆さにし、柄の長い小鎌でこそげ落とすと、地面にこぼれることなくキノコを回収できた。むかごも、受け皿が大きいと地面に落とすことはない。
昔、川前の直売所で買ったむかごを炊き込みご飯にしたことがある。「むかご飯(めし)」だ。淡泊な味、サトイモのような食感を楽しんだ。
むかご入りのみそ汁は少し注意が必要だ。かめば問題はないが、丸いままのむかごがのどに詰まって、一瞬、呼吸ができなくなった。年寄りにはむずかしい食べ物だ、と思いながらも、やはり季節の味には引かれる。
ついでに、笑い話を一つ。イノシシは本体のヤマノイモが好物らしい。ヤマノイモを掘ったら土を埋め戻すのがマナーだが、イノシシはそこまでの知恵がない。土手をほじくったままだ。「たちの悪い人間が増えたと思ったら、犯人はイノシシだった」。山の人がそう教えてくれた。
わざわざ出かけなくても、庭で季節の食材が手に入る。何回も食べるものではない。せいぜい1、2回。それで十分だ。
季節の食材は日々の食事に彩りを添える。山菜、キノコ、木の実。野生キノコはまだまだ摂取・出荷が禁じられている。そんな制限が延々と続けば、キノコの採取・調理といった食文化もやせ細る。サバイバルグルメが遠くなる。
ま、それはさておき、お椀一杯分だけむかごがある。生け垣にはまだむかごが残っている。それも近いうちに回収する。長く保存はできない。やはり、むかご飯が一番か。
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