台湾の作家呉明益が書いた小説『複眼人』(小栗山智訳=KADOKAWA、2021年)=写真=を、図書館から借りて読んでいる。
日本語版の序文に小説を構想するに至ったきっかけが書かれている。「2006年ごろ、太平洋にゆっくりと漂流する巨大なゴミの渦が現れ、科学者にも解決の手立てがないという英文記事をネットで目にした」
山野で、街で、海辺で「人類に捨てられた物が太平洋に集まりゴミの島となっている情景が、それ以来というもの頭から離れなくなった」。そのうち、太平洋の人知れぬ島で少年が生まれ、彼にアトレ、島にワヨワヨと名付けてから物語が始まった、という。
「ゴミの島」がワヨワヨと台湾に近づく。メディアが大騒ぎする。「ルソン島で形成された低気圧が北上し始めれば、気流でゴミの渦がばらけて一部は日本、残りはこっちに向かうだろうって、専門家たちは推測している」
資源収奪文明と地球温暖化が太平洋の島々にもたらす近未来、あるいはディストピアの世界、とでもいうべき不思議な物語である。一度読んだだけでは理解できないので、返しに行ったその場で引き続き借りた。
黒潮にのってゴミの島が日本へ向かっている――『複眼人』を読んでそんなイメージが膨らんでいたところへ、軽石と赤潮のニュースが飛び込んできた。
小笠原諸島の海底火山が噴火し、軽石が沖縄本島に漂着した。巡視艇が海水ろ過装置に軽石を詰まらせ、エンジンが停止して航行ができなくなった。あるいは、漁港内の生簀の魚が軽石を飲み込んで死に、水質悪化による酸欠とエラからの軽石で養殖魚が呼吸困難になって死んだ、というニュースには、なにか得体のしれない怖さを感じた。
一方で、9月中旬から北海道の太平洋岸の広い範囲で赤潮が確認され、ウニや秋サケ、ツブ・タコ・ナマコなどに被害が出ている。道庁の試算では、被害額は最大170億円になりそうだという。
海洋研究開発機構によれば、軽石は黒潮にのって、11月中旬には四国~紀伊半島に達する可能性があるそうだ。
日本列島の南から黒潮にのって軽石が北上し、北から親潮にのって赤潮が南下する――そんなことが現実に起きたらどうなるか。やがては福島県沖あたりで両者がまじりあう? それは杞憂だろうか、あり得ない話だろうか。
10年前に、1000年に一度という超巨大地震が発生し、大津波が押し寄せた。原発事故にも直面した。想像を超える気象災害が多発するようになった。海洋を漂流し、沿岸に漂着するプラスチックゴミ問題も待ったなし、というところまできた。
作家の想像力が『複眼人』を生み、それと呼応するように軽石が漂流し、赤潮が発生する。自然災害と文明の災厄が複合化したような、そんな時代にわれわれは生きている。
『複眼人』では最後に、ボブ・ディランの「はげしい雨が降る」の詩が引用される。地球環境の危機を回避する最後のときに立っている――そういう警告の象徴なのだろう。
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