2022年5月4日水曜日

閉店の連絡

        
  日曜日(5月1日)の午後3時――。夏井川渓谷の隠居を早めに出て街で買い物をし、家で休んでいると若い知り合いから電話が入った。

 すぐ別の人に替わった。いわき市の古書店としては最も古い「平読書クラブ」のおばさんだった。「店を閉めることにしたの、5割引きで本を整理している。来るときには電話して」。カミサンもよく知っている。すぐ出かけた。

 平読書クラブを知って半世紀になる。そのときそのときの思い出が頭をめぐる。10代の学生のころ、カネがなくなると本を売りに行った。それが平読書クラブを訪ねた最初だった。

東京へ飛び出したあとも、本を持ち込んだ。おやじさんが覚えていてくれた。おばさんが店番をしているときもあった。

店の3軒隣のいわき民報社に入社すると、昼休みにはほぼ毎日顔を出しておやじさんと雑談した。

平読書クラブはやがて紺屋町に小さなビルを建てて引っ越した。次第に足が遠のいた。若い知り合いがいわきでインターネット古書店を始めると、そちらからも平読書クラブの情報が入るようになった。

東日本大震災が起きたときには、月刊「日本古書通信」の女性編集者が取材で福島県内をめぐった。1年後にはネット古書店主を介して、私も取材を受けた。同誌からも平読書クラブの「今」がわかった。

おやじさんが体調を崩してからは、おばさんがネット販売に絞って営業を続けてきた。そのさなかの大震災だった。「地震により本棚倒れ、本が散乱、家屋ひび割れ要修理、加えて原発の不安で心休まらず休業中です」

それでも、「震災前に準備してあった古書目録を5月に発送しましたら、沢山の注文と励ましをいただきました。本のありかがわからなくなってしまって閉口しながらも、ネット販売も6月には再開しました」という。

平成26(2014)年12月25日、おやじさんが亡くなった。フェイスブックで友達になっていた息子さんから“知らせ”が届いた。86歳だった。その息子さんも去年(2021年)、急死した。

同27年5月号では、女性編集者が宮城、福島の古書業界の現状をルポしている。その記事におばさんの談話が載る。

「引揚者同士、鍋釜も揃わない結婚で紙屑屋の女房と言われたこともありましたが、ずっと一緒に仕事をしていていろんな本をいっぱい見て、普通の女性では味わえない楽しみが沢山ありました。(略)主人のようには無理ですが、思いだけは継いでゆきたい」

翌6月号には、いわき地域学會の先輩、小野一雄さんが「『平読書クラブ』と私――永山美明さんを偲んで」と題する追悼文を寄せた。

さて、店に顔を出した以上は、本を買わねば――。伊藤信吉『詩のふるさと』(新潮社、1966年)と加藤九祚(きゅうぞう)『西域・シベリア』(新時代社、1970年)=写真=を半値で手に入れた。

『詩のふるさと』には草野心平が登場する。表紙も心平がらみの汽車の絵だ。『西域・シベリア』は、サハリン(樺太)などの極東ロシアに興味があって、ずっと読みたいと思っていた本だった。

「いつ閉めるの?」「決めてはいない」。店の本棚がある程度からっぽになってから、ということのようだ。

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