2022年5月7日土曜日

古着を引き取りに

                     
   ダンシャリで本や衣類が出る。カミサンに連絡がくる。アッシー君を頼まれて一緒に引き取りに行く。

引っ越しのためのダンシャリだと、乗用車(フィット)では1回で終わらない。わが家とその家を何度か往復することになる。

ブログに記録されている最初の例は平成21(2009)年2月。マンションを引き払うというので、古着や食器、ベンチ、自転車、コーヒーミル、かつお節削り器、梅漬け用の甕、いす、自転車タイヤの空気入れ、風呂のかき回し棒、火ばしなどを運んだ。

ほかに、ミニショベルやハンドスプレー、三本熊手、剪定ばさみといった園芸用具、将棋盤のように厚い鉢物の木の盆、レンガ、アロエの鉢なども引き取った食器類は新しくリサイクルカフェを開くという人のところへ回した。

震災後はたびたびアッシー君を務めた。最初は平成23(2011)年4月。カミサンの幼なじみの家が解体されることになり、リサイクル用の着物を引き取った。私は本箱を二つもらった。冷蔵庫や洗濯機は沿岸部の知人の家に収まった。

同年7月には、双葉郡広野町にも遠征した。カミサンの知人の家で、大規模半壊の判定を受けたうえに、原発事故の影響で家族全員が避難した。たちまち空き巣に入られた。捨てるしかないという古着を10袋ほど持ち帰り、いわきで古着のリサイクル活動を展開しているザ・ピープルに回した。

最近の例では、平成31(2019)年3月。アッシー君を頼まれて小名浜へ。若い知人一家が祖父の住んでいた家に入ることになった。ダンシャリで祖父の衣類やシーツ、食器類などが出た。車に積めるだけ積んだ。

翌令和2(2020)年6月には、やはり小名浜に住む知人から電話が入った。「ダンシャリをした本がある」。これも引き取りに行った。

 カミサンも私も、東京に本部のあるシャプラニール=市民による海外協力の会に関係している。シャプラは「ステナイ生活」を展開している。それで得た益金も支援活動に充てられる。本類などは換金してそちらに送る。

今年(2022年)の大型連休中にも1回、アッシー君を務めた。知り合いの知り合いだから、ふだん交流はない。母親が亡くなって父親がひとりになった。それで母親の衣類をダンシャリした。

いわきに住んで10年。それでも、ダンシャリした衣類は20袋以上になった。これを持ち帰ると、茶の間がふさがった=写真。

そのままにしておくわけにはいかない。カミサンは中身を出して、ザ・ピープルに回すもの、介護施設に尻ふき用として回すものとに分別した。

これもSDGs(持続可能な開発目標)? 個人でできるSDGsを検索したら、節水・節電、マイバッグなどとともに、再使用・再利用が出てきた。SDGsは、つまりは暮らしと結びついたものだと知る。

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