私が区内会の役員になったのは13年前。新聞社を辞めてしばらくすると、知り合いでもある役員さんがわが家にやって来た。「役員になってくれないか」
新聞ではコラムにあれこれ書いてきた。まちづくりや地域づくりへの住民参加も呼びかけた。そんな人間がここで断れば、「いうこと」(建前)と「やること」(本音)が違うことになる。
20歳のころ、三木卓詩集『東京午前三時』を読んだ。なかに「現実に堪えられない思想はだめである」という一行がある。
以来、この言葉を胸に刻んで、戒めとしてきた。その戒めに従えば、役員を引き受けないわけにはいかない。「いいですよ」と即答した。
その後、行政嘱託員も兼ねるようになった。すると、新聞社時代と違って、地域の情報が格段に増えた。
記者時代には知り得なかった地元のこまかい問題・課題に、「当事者」として向き合うようになった。
最初に直面したのは、なんといっても「少子・高齢化」問題だろう。前にも拙ブログで取り上げているので、それを整理して引用する。
「少子化」という言葉が「国民生活白書」に登場したのは平成4(1992)年度。少子化が地域社会にどう影響するのかは、全く想像がつかなかった。
これは阿武隈の山里の例だが、秋祭りの三匹獅子舞は、昔は氏子の家の小学生(長男)が演じるものと決まっていた。ところが今は子供の数が減り、学校の統廃合で他地区から通っている女子児童も獅子頭をかぶるようになった。
いわき市内でも事情は変わらない。地区民総出の体育祭ではリレーなどに出場する子どもの確保に苦労する。
「高齢化」も地域社会を直撃している。区の役員になったために顔見知りが増えた。そのほとんどが高齢者だ。知り合った当初は、それこそ元気いっぱいだった。
ゲーテの4行詩に「市民の義務」がある。「銘々自分の戸の前を掃け/そうすれば町のどの区も清潔だ。/銘々自分の課題を果たせ/そうすれば市会は無事だ。」。周りの高齢者が元気なうちは、まさにこんな感じだった。
デイサービスを利用する住民が増える。隣組から抜ける高齢者がいる。独り暮らしの高齢世帯が多いので、同じ人が何年も班長をやっている隣組がある。
そんな事象を見聞きするたびに、団塊の世代が間もなく「後期高齢者」の仲間入りをする、これから隣組はどうなるのだろう、と考える。
最近、こんなことがあった。庭のアマガエル=写真=を眺め、セミの鳴き声を聞きながら、これも老いの「真実」にはちがいないと感じ入った。
同年齢の知人と道でばったり顔を合わせ、共通の知り合いの話になった。知り合いは後期高齢者だ。夫は何年か前に亡くなっている。
彼女にたまたま会ったら、「毎日、何してる?」と聞かれたそうだ。本人は「やることがないから、毎日歩いてる。早くオトウサンのところへ行きたい」、そう続けたそうだ。元気に散歩していると思ったら、ときどき弱気の虫も動き出すらしい。
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