「その他の諸文学」のコーナーに、『現代ウクライナ短編集』(群像社、2005年)があった=写真。先日、ロシアの作家、ウラジーミル・ソローキンの『親衛隊士の日』をリクエストして読んだばかりだ。今度はウクライナの空気を吸ってみるか――。
藤井悦子/オリガ・ホメンコ編訳で、16人の作家の作品が収められている。なかでも、カテリーナ・モートリチ(1947~)の「天空の神秘の彼方に」が心に留まった。というより、何を言っているのかよくわからない描写が続く。
たとえば、「たくさんの通りや果樹園や家の中や庭におびただしい死人が横たわってうつろな眼で虚空を見上げている」「鍋から二本のお下げ髪が垂れ下がっていた」。
さらに、「村人は一列に並ばせられた。(略)『この者たちは<増産目標>を遂行しなかった』というプラカードをぶらさげさせ」られ、鞭打たれながら、「さながら家畜の群れでも追うように追い立て」られていった。
訳者あとがきによると、1929年、スターリンによる農業の強制集団化がウクライナの農村を荒廃させた。31年の穀物生産高は前年の65%に落ち込んだ。それでも、党と政府は穀物の強制的徴収を続行したため、農民は翌年の種付け用の穀物まで奪われた。
その結果、「ヨーロッパの穀倉」とまでいわれた肥沃なウクライナの農村地帯を飢饉が襲い、32~33年に多くの餓死者が出た。
ネットで検索すると、餓死者は400万人、あるいはそれ以上の膨大な数字が出てくる。「飢饉」と「殺害」の合成語である「ホロドモール」という言葉にも出合った。人は生き残るために死人の肉まで口に入れたという。
つまり、「天空の神秘の彼方に」は人災ともいうべき大飢饉を題材にした小説だった。「おびただしい死人」は餓死者、鍋から垂れ下がっていたお下げ髪は死んだ幼女、プラカードを持たされたのはコルホーズに従わなかった農民ということだろうか。
100年単位で考えると、見えてくるものがある。「ホロドモール」はわずか90年前、ウクライナの人々にとっては祖父母、あるいは曽祖父母の代に起きた悲劇だ。
記憶は継承され、恨みも悲しみも今に引き継がれているにちがいない。としたら、この歴史的記憶もまたロシアへの抗戦のバネになっているのではないだろうか。
中にこんなくだりがある。「復活祭の夜のウクライナはナイチンゲールの鳴き声に満ちていた。これまでウクライナがこんなに激しく泣いたことはなかった。この世では地球上のどこにも、悲しみを洗い流す水はなかった。泣いて痛みを追い払おうにも、その涙もなかった」。ホロドモールを知った今は、このくだりを、単なる文学的修辞とは思えなくなった。
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