2023年3月11日土曜日

ムシカマドの修士論文

                      
   早稲田の院生、Y君から電話がかかってきた。「4時ごろ、うかがってもいいですか」。むろん、「いいよ」だ。修士論文に「ムシカマド(蒸しかまど)」を選んだ。それが完成したのだろう。

その通りだった。会うとすぐ、「近代におけるムシカマドの発明と普及――時代に翻弄された炊飯道具」という修士論文(コピー)の恵贈にあずかった。

夏井川渓谷の隠居に、カミサンの実家で使用していたムシカマドがある。実家で物置を建て替えるとき、廃棄するよりはと、隠居へ運んだ。

私が小学生のころは、ムシカマドの火の番をさせられた。カミサンもムシカマドでご飯を炊いた経験がある。

自分の体験談を、ムシカマドの写真とともにブログにアップした。すると、Y君がネットをサーフィンしているうちに、目に留めた。

フェイスブックを介して連絡が入り、隠居にあるムシカマドを調査することになった。その経緯もブログに書いた(去年5月6日付「『蒸しかまど』をめぐる旅」)。

――Y君が、いわきへムシカマド(木炭を燃料にした陶器製の大型炊飯器)の調査にやって来た。

2月に会う予定だったが、コロナ禍で延び延びになっていた。5月の連休にやっと対面し、ムシカマドの現物も見せることができた。

Y君から、自己紹介を兼ねて問い合わせがあったのは令和3(2021)年の暮れ。私のブログに紹介されている新聞記事が非常に参考になった。私がムシカマドでご飯を炊いた経験があるという記事も読んだ。ついては、いわきを訪ねて話を聴きたい。

Y君は、ネットで公開されている「レファレンス協同データベース」や、いわき市立図書館のホームページを利用していわきの地域新聞に当たり、自分なりに情報を収集したようだ。

私がブログで紹介した地域新聞は、昭和7(1932)年1月13日付「常磐毎日新聞」(「小鍛式極東ムシカマド製造」の広告)と、同10(1935)年6月29日付同新聞(「平町特産のムシ竈製造」の記事)の二つ。

Y君はムシカマドの新案特許をとった平・三町目の「小鍛冶商店」の広告に着目し、電話番号を手がかりにして子孫にたどり着いた。その人にもこの連休中に会って話を聴き、親戚の寺が所有しているムシカマドを見た――。

論文はこれからじっくり読むとして、わが隠居にあるムシカマドについてわかったことを記す。

Y君は隠居へ行くと、すぐムシカマドの形状を画像に収めたり、寸法を測ったりした。「数字がありますね」。私らは気づかなかったが、ムシカマドの上蓋に「特許」の文字と数字の「第306973号」「第253373号」が刻印されていた。

特許情報に基づく調査から、隠居のムシカマドは「小鍛冶カマド」ではなく、「赤松式改良ムシカマド」ということがわかった=写真(修士論文から)。

考案者は「福島県磐城郡」の「赤松源二」。ムシカマド発祥の地だけに、石城郡(磐城郡)の平町やその近辺には創意工夫をする人間がいたのだろう。この人物を知る手がかりは今のところない。

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